ケイコ
「ねぇ先生、前回の授業の翌日、友人のマリコとテニスをしていたら、彼女が足をひねって捻挫してしまったの。CRPSは外傷をきっかけに発症することが多いって言ってたじゃない?そこで、彼女がCRPSになったら怖いって思ったから、すぐに接骨院に連れて行ったわ。でもね、病院の先生に、『CRPSって知ってる?』って聞いてみたら、初めて耳にしたと言われたの!本来CRPSの存在を知っているべき医師ですら、全く認識がないことを改めて実感したわ。」
Dr.ターナー
「そうか。あまり心配ないとは思うが、念のために、しばらく君が彼女の様子をみてあげるといい。明らかに症状がひどくなったり、長引くようならば、すぐに私のところに連れてきなさい。
さて、それでは今日の本題に入ろうか。前回の最後に、CRPSは根深い問題を抱えている、という言い方をしたけれど、その続きを説明しよう。そのためにまず、日本ではCRPS患者さんがどういう扱いを受けているかということについて知ってほしい。
ここでは、仮に、『 交通事故によるむち打ち』によって手にCRPSが発症してしまった患者さんが、あまりの"痛み"に我慢できず、ペインクリニックに行ったケースを説明しようか。」
ペインクリニックとは、主に疼痛を主訴とする疾患の診療部門をいいます。
"痛み"に関する病気を専門的に扱う医療機関というとイメージが湧くでしょうか?
近年、その数は急速に増加しており、基本的に麻酔科の医師が治療を行います。
ケイコ
「(また何か聞こえたわ…)」
Dr.ターナー
「その患者さんが、ペインクリニックに行くと、一般的にどういう治療をされるか?患者さんが『ものすごく手が痛いんです』と症状を訴えても、”CRPS独特の痛み”はなかなか理解されにくい。
さらに、担当になる医師がCRPSを知らない可能性はかなり高いため、治療方法としては、①”痛み”に対して鎮痛剤や精神安定剤を服用すること、②リハビリすることを提案されるだろう。
繰り返すようだが、 CRPSによって生じる”とてつもない痛み”は、交感神経に何らかの異常が生じたことによるものだ。それに対して鎮痛剤や精神安定剤を飲んだところで、”CRPSの痛み”を緩和する効果は望めない。」
ケイコ
「精神安定剤が処方されるってことは、その医師がCRPSを知らないから、患者さんが”痛み”を訴えても、『心因性疼痛』、つまりメンタルに問題があると診断されているって解釈でいいのかしら?」
Dr.ターナー
「さすがケイコくん。頭の回転が早くて説明する側は非常に助かるよ。この病気は、ペインクリニックに限らず、どの分野の医師であっても知ってなければならない病気なんだ。
しかし、多くの患者さんはまともな診断を受けることができず、『様子をみましょうか』という言葉で放置されているのが今の日本の現状なんだ。
この病気はね、時間が経てば経つほど、交感神経の暴走が加速して、「異常であることは通常」になってしまうんだ。この状態までいってしまうと、非常に有効な治療方法(これについては次回述べる)があっても、手遅れになってしまう。」
ケイコ
「医師すら知らないのが今の日本の現状なら…効果がない治療を受けさせられていて、それでも『いつか治るんだ』と信じて”痛み”と戦い続けている患者さんがいっぱいいるのね…
『看る側も看られる側にも情報が行き渡っていない』ことが非常に大きな問題ね。」
Dr.ターナー
「まさにその通りだ。ちなみに、厚生労働省の発表によると、『CRPS患者は16万人に1人の割合で存在する』そうだ。しかし、実際に現場でCRPSの治療している医師によると、『CRPS患者は、数百人に1人の割合で存在している』という意見もある。少なめに見積もって、”日本人口のうち、1000人に1人の割合”と仮定すると、日本に約16万人もの潜在的なCRPS患者がいるということになる。現在、難治性疼痛に有効な手術を受けている患者数が約1400人だといわれているから、潜在的な患者さんがどれだけ多くいるかイメージが湧くだろう。」
ケイコ
「えっ!約16万人もの人がCRPS患者予備軍なの!?マリコ…大丈夫かしら…。」
Dr.ターナー
「不安をあおることになってしまうかもしれないが…CRPSは、若い人に発症しやすいと言われているんだ。おそらく、若者の方が神経が過敏で、交感神経が異常を起こしやすいことから、若者の発症率が高いのでは、と推測されている。 若いうちに発症してしまうと、有効な治療を受けられないまま、その後何十年も"痛み"と戦っていかなくてはならない。これが、今の日本が置かれている現状なんだ。
これは、社会的に大きな問題であるが、なにより君達、若者の問題でもある。」
ケイコ
「そんな…先生、何か有効な治療方法はないの!?」
Dr.ターナー
「今まで私がCRPSについて語ったことで、何か気がつくことはなかったかい?私は”日本の現状”について話をしてきたつもりだが。」
ケイコ
「海外だと事情は異なるっていうの?もったいぶらないで、早く教えてよ!!」
Dr.ターナー
「おっと時間だ。すまないが、今から友人と約束があってね。ケイコくん、焦る必要はない。今日の授業をよく復習しておいてくれ。それが次回の授業につながる。それでは、また次回。」
【まとめ】
①”痛み”に関する認識が遅れている結果、日本では多くの人がまともな治療を受けられず、医療難民として放置されている。
②日本の医療は、「CRPSを早期発見/早期治療するシステム」を確立するために、まずは”痛みに関する認識を改める必要がある。